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広島高等裁判所岡山支部 昭和58年(ラ)6号 決定

抗告人

株式会社誠和

右代表者

三好重幸

右代理人

志熊弘義

主文

原決定を取消す。

本件競落は、これを許さない。

理由

(抗告の趣旨)

原決定を取消し更に相当の裁判を求める。

(抗告の理由)

1  抗告人は、本件競売物件である別紙目録記載の不動産(以下、同目録記載の番号を付して本件物件といい、これらの物件を総称して本件物件という。)の期日入札において最高価買受申出人であつたが、その入札書に事件番号を昭和五六年(ケ)第三八四号と記載すべきを、誤つて昭和五七年(ケ)第三八四号と記載した。これにつき執行官は開札後抗告人を適法な買受申出人と認めず、執行裁判所は、次順位買受申出人に対し売却許可決定をなした。

しかしながら、抗告人の本件入札書、入札保証金提出袋、買受申出人の資格証明及び委任状等の記載を総合し、当日抗告人記載の事件番号の競売事件はなかつたことを考えれば、抗告人の前記記載は年次を誤つた明白な誤謬であるというべきで、抗告人の買受申出の対象不動産は客観的に特定できる(民事執行規則三八条二項三号)から、抗告人の入札を不適法としたのは売却手続に重大な誤りがあつたというべきであり、民事執行法七一条七号に該当する。

2  本件物件についての現況調査報告書には、賃借権者井上定男が昭和五六年一〇月二六日から賃借し、同年一二月一日から坂田一夫に転貸中で、昭和五七年六月三〇日現在坂田一夫が占有使用している旨記載されている。しかし、本件物件には所有者の桑田隆が昭和五六年一二月末ごろまで居住しており、その後同人は家財道具を置いたまま行方不明となつており、更に、本件競売開始決定による差押登記のされた昭和五七年一月八日に抗告人が実地調査したところでは、桑田の右家財道具が残されていただけで居住者は居なかつたから、賃借人と称する井上定男は差押登記後の占有者であつて保護さるべき短期賃借権者でない。また、抗告人は、昭和五七年一〇月二六日、本件物件の第一順位抵当権者の相銀住宅ローン株式会社に対し保証人として代位弁済し、同会社から本件物件の賃借権設定仮登記を譲り受けており、右井上定男に対抗しうる権利者である。

本件競売は短期賃貸借が存在することを前提に最低売却価額を定めており、右前提事実は真実に反し、これがため最低売却価額は著しく低廉となつているから、本件売却を許可した原決定は民事執行法七一条六号、七号に違反する。

3  本件建物の評価は、耐用年数と観察という不明確な基準で大幅な減価をしたものであつて、適正な評価がされていない。従つて、右評価に基づく最低売却価額は公正妥当な価額より著しく低廉であるから、これによつて本件売却を許可した原決定は、民事執行法七一条六号、七号に違反する。

(当裁判所の判断)

1抗告理由1について

本件記録によれば次の事実が認められる。

(一)  本件競売申立人たる抗告人は、本件競売に参加すべく、代理人平井由美子をして昭和五七年一二月一六日午後三時の本件入札期日に競買申出をさせた。右平井が入札箱に投入した入札書(以下、本件入札書という。)の保証の額欄には本件競売につき執行裁判所の定めた保証額と一致する金額が記載され、入札書に添付された委任状には事件名として本件競売事件の事件番号たる昭和五六年(ケ)第三八四号と記載されていたが、入札書の事件番号欄にはこれと異なる昭和五七年(ケ)第三八四号との記載があつた。また、本件入札書に記載された右事件番号に該当する事件は、当日入札期日として指定されていなかつた。

(二)  右入札を締切り開札した執行官は、本件入札書に記載された事件番号に該当する事件がなかつたので同入札書は無効である旨を宣し、その際、事件番号の年度を間違えたのではないかと告げたところ、在場した前記平井は「直して下さい、直します。」と申し出たが、執行官は、開札後の入札書の訂正はできないとしてこれに応ぜず、本件競落人を最高価買受申出人とした期日入札調書を作成した。

(三)  執行裁判所は、執行官は入札書の記載のみに従つて最高価買受申出人を定めるべきであり、入札書が一旦入札箱に投入された後は、ささいな誤記も含めて訂正は一切許されないとして本件競落人に売却を許可する旨の原決定をなした。

以上の事実を認めることができる。

そこで検討するに、民事執行規則三八条二項三号は、期日入札における入札書の記載事項として「事件の表示その他の不動産を特定するために必要な事項」を記載することを定めているが、期日入札は一般に同一日時場所において多数の事件及び物件の入、開札を行うものであり(本件記録によれば、前記入札期日には同一時に三六件の期日が指定されていたことが認められる。)、開札手続の簡易、迅速さが要求され、しかも入札書には不動産を特定する事項として保証の額のほか事件番号が記載されるに過ぎないことから考えると、右事件番号の記載は欠くべからざるものと解される。そして、入札による競売は買受申出人間の秘密を保ちながら入札書の記載により最高価買受申出人を定めるのであるから、入札書の記載は解釈の余地を容れない一義的なものであることを要し、執行官に提出した後その変更、取消しをすることは許されない(右同条六項)ものとし、それが故に本件の入札書にも、注意として「一度提出した入札書の変更又は取消しはできません。」と記載されているのである。このことからすれば、入札書記載の事件番号が入札書のその他の記載及び添付された書類などから誤記であることが推測できたとしても、その訂正を許し、あるいは該買受申出人の意図した事件の入札書として扱うことはできないと解するのが相当である。

然らば、抗告人の前記買受申出は同期日に指定されていない事件を対象とした無効なものといわざるを得ないから、抗告人の主張は理由がない。

2抗告理由2について

本件記録によれば次の事実が認められる。

(一)  本件競売手続は、昭和五六年六月一日設定登記された抗告人の抵当権に基づき昭和五七年一月八日開始決定がされ、同日これによる差押登記がなされた。

(二)  本件物件には、右抵当権に遅れ、昭和五六年六月二三日設定登記された野田正子を権利者とする根抵当権の設定登記があり、そのうち本件(1)、(2)の物件には同日設定された同人を権利者とする条件付賃借権設定仮登記(設定同月一八日、条件右根抵当権の確定、債権の債務不履行、存続期間、本件(1)の物件については五年、本件(2)の物件については三年、譲渡転貸ができる。)がなされ、その後右根抵当権は同年一〇月二六日、転抵当権者井上定男(その被担保債権二〇〇万円、債務者氏家政夫)に転抵当の登記がなされ、右賃借権設定仮登記は右同日付の売買を原因として、同日右同人に移転の付記登記がなされた。

(三)  執行官の本件物件の現況調査報告書には「昭和五七年六月一七日、物件所在地に赴いたが不在のため現場確認にとどめ、同月三〇日、岡山市新京橋で右賃借権者井上定男に面談した結果、同人は、所有者に対する貸金九五〇万円(内二〇〇万円抵当権設定)の金利の内金として賃料を相殺する約で昭和五六年一〇月二六日から一平方メートル当り月額二〇〇円で賃借し、これを坂田一夫に敷金三〇〇万円、賃料月額六万円、期限昭和五六年一二月一日から三年の約で転貸中であり、同転借人が占有使用中。」と述べた旨の記載があるが、執行官において、右井上から裏付の契約書類を示されたことや右坂田の現実の占有状態を確認したことは、本件記録上これを窺うことができない。

(四)  執行裁判所は、本件物件明細書に、売却によりその効力を失わない賃借権として「賃借人の井上定男が野田正子から昭和五六年一〇月二六日移転を受け、同年一二月一六日から、本件(2)の物件につき三年間賃料月額六万円で坂田一夫に転貸し同人が占有中、本件(1)の物件は期間五年とあるが賃借期限は建物利用の限度」と記載し、本件物件の最低売却価額(一括売却)を右短期賃借権が存続するものとして四九四万二、八〇〇円と定めて公告した。

以上の事実を認めることができる。

そこで検討するに、前記現況調査における調査資料では本件(1)、(2)の物件につき坂田一夫の現実の占有(ひいては井上定男の間接占有)があつたとは認め難く、他に本件競売申立による差押登記がなされた前示時点までに占有状態が生じたことを認めるに足りる資料はない。そして、執行官に対する井上定男の前記説明内容は、本件物件の登記簿の記載と明らかに異なつている(井上は、所有者に対する一部抵当権付の貸金の金利と賃料を相殺の約で同人から賃借権の設定を受けたとの趣旨の説明をするが、登記簿上、同人の債権は所有者に対するものではなく、その賃借権も所有者から直接設定を受けたのでなく、野田正子の条件付賃借権を売買で取得したに過ぎないものであつて、その条件成就の有無や日時の点も明らかでない。)こと、ところが井上定男は、本件(1)(2)の物件に賃借権ありとするが、その(2)の建物の床面積からするとその敷地である本件(1)の土地を賃借する特段の必要は認められないのに、殊更に期間を五年とする賃借権ありとされていること、更に同人は賃借後程なく本件(2)の建物を坂田一夫に転貸しており、しかもその期間三年を超える五〇か月分の敷金が授受されているとする等取引の通念に照らして不自然な点が多く、これらの事実によれば、井上が有するというところの本件(1)、(2)の物件に対する短期賃借権は、仮登記であつて本件抵当権実行による差押の効力を生じた昭和五七年一月八日当時占有を伴わないものというべきであり、しかもその後における右不自然な点からしても、民法三九五条の規定による保護の対象たり得ないものといわなければならない。

3そうすると、井上定男の前記賃借権は売却により消滅すべきものであるから、これを存続するとして物件明細書に掲げ、これを前提に定めた最低売却価額によつてした本件競落許可決定には民事執行法七一条六号所定の事由があるというべきである。本件抗告はこの点において理由がある

よつて、その余の判断をするまでもなく原決定を取消し、本件競落を許さないこととし、主文のとおり決定する。

(長久保武 北村恬夫 廣田聰)

物件目録〈省略〉

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